タツノオトシゴ - Wikipedia
タツノオトシゴ属 Hippocampus |
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ポットベリード・シーホース |
分類 |
英名 |
Seahorse |
下位分類群 |
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タツノオトシゴ(竜の落とし子)は、トゲウオ目ヨウジウオ科タツノオトシゴ属 Hippocampus に分類される魚の総称。狭義にはその中の一種 Hippocampus coronatus の標準和名としても用いられる。およそ魚には見えない外見と、オスが育児嚢で卵を保護する繁殖形態が知られた分類群である。
日本の別名はウミウマ、カイマ、ウマノコ(日本各地)、ウマノカオ(富山)、リュウノコマ(神奈川県三崎)、ウマヒキ、リュウグウノコマ(和歌山)、ウマウオ、タツノコ(高知)などがある。英名でも"Seahorse"(シーホース : 海の馬)と呼ばれる[1][2][3]。
すべてが熱帯から温帯の浅い海に生息する海水魚で、一部の種は汽水域にも進入する。成魚の大きさは全長1.4cmのインドネシア産 H. satomiae から全長35cmに達するオセアニア産 H. abdominalis まで種類によって差があり、体表の色や突起なども種類間、または個体間で変異に富む。
同じ科に組み込まれたヨウジウオ類と同じく、体は鱗が変化した環状の硬い甲板に覆われ、凹凸がある。口は小さいが管状の吻が前方に突き出ていて、吻のつけ根に目がある。尾鰭はないが尾は長く、普段は尾を海藻やサンゴなどに巻きつけて体を固定する。ほとんどの魚は前後に伸びた姿勢をとるが、タツノオトシゴ類は体を直立させ、頭部が前を向く姿勢をとる[1][2][3]。この姿が竜やウマの外見に通じることから「竜の落とし子」「海馬」「竜宮の駒」、あるいは"Seahorse"などの名前がつけられたものとみられる。およそ「魚」の概念からかけ離れた外見ではあるが、よく見ると前に曲がった首のあたりに小さな鰓孔と胸鰭があり、背中にもこれも小さな背鰭がある。
主に熱帯・温帯域の沿岸浅海に生息する。種類・個体数とも多いのは、尾を絡めて身を隠せるものがある岩礁域・藻場・サンゴ礁などの環境である。ただしいくつかの種類は流れ藻について外洋を漂うことがある。泳ぐ時は胸鰭と背鰭を小刻みにはためかせて泳ぐが、動きは魚にしては非常に遅い部類である[3]。しかし体表の色や突起が周囲の環境に紛れこむ擬態となっており、海藻の茂みなどに入りこむとなかなか見分けることができない。
食性は肉食性で、魚卵、小魚、甲殻類など小型の動物プランクトンやベントスを吸い込んで捕食する[3]。動きは遅いが捕食は速く、餌生物に吻をゆっくりと接近させて瞬間的に吸い込んでしまう。また微細なプランクトンしか食べられないと思われがちだが意外に獰猛な捕食者で、細い口吻にぎりぎり通過するかどうかというサイズの甲殻類でも積極的に攻撃し、激しい吸引音をたてて摂食する。水族館で飼育する場合はアミ類などの生餌が与えられる。
骨折でホフマンデバイス
[編集] 繁殖行動
タツノオトシゴ属のオスの腹部には育児嚢(いくじのう)という袋があり、ここでメスが産んだ卵を稚魚になるまで保護する。タツノオトシゴ属の体表は凹凸がある甲板だが、育児嚢の表面は滑らかな皮膚に覆われ、外見からも判別できる。そのためこれがタツノオトシゴのオスメスを判別する手がかりともなる。
繁殖期は春から秋にかけてで、メスは輸卵管をオスの育児嚢に差しこみ育児嚢の中に産卵し、育児嚢内で受精する。日本近海産のタツノオトシゴ H. coronatusの場合、メスは5-9個を産卵しては一休みを繰り返し、約2時間で計40-50個を産卵する。大型種のオオウミウマ H. kelloggi では産出稚魚が600尾に達することもある[1][3]。産卵するのはあくまでメスだが、育児嚢へ産卵されたオスは腹部が膨れ、ちょうど妊娠したような外見となる。このため「オスが妊娠する」という表現を使われることがある。
種類や環境などにもよるが、卵が孵化するには10日-1か月半ほど、普通は2-3週間ほどかかる。仔魚は孵化後もしばらくは育児嚢内で過ごし稚魚になる。
「出産」する時は、オスは尾で海藻などに体を固定し、体を震わせながら稚魚を産出する。稚魚は全長数mmほどと小さいながらも既に親とほぼ同じ体型をしており、海藻に尾を巻きつけるなど親と同じ行動をする。
ヨウジウオ科タツノオトシゴ属は1属のみでタツノオトシゴ亜科 Hippocampinae を構成し、50種類ほどが知られる。ヨウジウオ科ヨウジウオ亜科にもタツノイトコやリーフィーシードラゴンなどの類似種が多いが、首が曲がっていないこと、尾鰭があること、尾をものに巻きつけないことなどの差異で夫々タツノオトシゴ属と区別できる[3]。
タツノオトシゴ属は外見が互いに似る上に個体変異も大きいため同定が難しく、21世紀に入ってもなお新種が報告されている。これらの同定は体輪数(体を覆う環状甲板の数)、頭部突起の長さ、体の各所にある棘、胸鰭や背鰭の鰭条数などで区別している。以下はFishBaseに掲載されている構成種である[4]。
クリニークアクネソリューションポスト傷
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ピグミーシーホース H. bargabanti
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イバラタツ H. histrix
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クロウミウマ H. kuda
[編集] 日本近海産8種
- タツノオトシゴ(竜の落とし子) Hippocampus coronatus Temminck et Schlegel, 1850
- 全長10cmほど。躯幹部体輪数10・尾部体輪数38-40・背鰭条数12-15で、躯幹部体輪数と背鰭条数が他種より少ない。頭頂部の突起が比較的高いのも特徴だが、低い個体もいる。また、ハナタツと同様に全身に海藻のような枝状突起をもつものもいる。体色は黄・茶・赤・黒など個体変異に富む。北海道南部以南の日本各地と朝鮮半島南部沿岸に分布し、沿岸の藻場に生息する[3][4]。
- ハナタツ(花竜) H. sindonis Jordan et Snyder, 1901
- エンシュウタツ(遠州竜)とも呼ばれる。全長9cmほど。全身に海藻のような枝状突起があるが、これはタツノオトシゴにも見られることがある。背鰭付け根の突起が大きい。西日本と朝鮮半島南部沿岸に分布する[2][4]。
- サンゴタツ(珊瑚竜) H. mohnikei Bleeker, 1853
- 全長8cmほど。躯幹部体輪数11・尾部体輪数38-40・背鰭条数16-17。日本産他種に比べて体表の凹凸が低く、吻も短い。体色は褐色-黒色。北海道南部-九州と中国沿岸に分布し、内湾のアマモ場に多く生息する。学名は H. japonicus Kaup, 1856 とした文献もあるが、こちらはFishBaseではシノニムとされている[3][4]。
- イバラタツ(茨竜) H. histrix Kaup, 1856
- 全長17cmに達する。躯幹部体輪数11・尾部体輪数33-34・背鰭条数17-19。日本産他種に比べて吻が長く、和名通り体表に短い棘が列生する。体色は淡黄褐色で棘の先は黒い。インド太平洋の熱帯域に広く分布し、日本では伊豆半島や紀伊半島でみられるが数は少ない。海岸からやや離れた水深20-40mの砂底や岩礁域に生息する[3][4]。
- タカクラタツ H. trimaculatus Leach, 1814
- 全長22cmに達する。躯幹部体輪数11・尾部体輪数41・背鰭条数21.目の上と鰓蓋下に棘があるので他種と区別できる。頭頂部の突起は低く、背側面に3対の暗色斑があるが、斑点は不明瞭な場合が多い。体色は灰褐色だが濃淡は個体変異が大きい。西太平洋から東インド洋の熱帯・亜熱帯域に分布し、日本では本州以南の沿岸域に分布する。沿岸の藻場や砂礫底に生息する。学名は H. takakurae Tanaka, 1916 とした文献もあるが、FishBaseではシノニムとされている[3][4]。
- クロウミウマ(黒海馬) H. kuda Bleeker, 1852
- 全長30cmに達する大型種。躯幹部体輪数11・尾部体輪数34-38・背鰭条数17-18。吻が比較的長い。体色は黄色や褐色だが濃淡は個体変異に富む。日本の南西諸島沿岸を含むインド太平洋の熱帯域に分布する。他種と同様に沿岸浅海で見られるが、日本産タツノオトシゴ類の中では唯一汽水域にも進入し、マングローブでも見られる。ただし文献では後述のオオウミウマとの混同も見られる[3][4][5]。
- オオウミウマ(大海馬) H.
タツノオトシゴ類は食用にはならないが、魚としては特異な外見をもつことから水族館などでよく飼育され、観賞魚としても流通する。また外見はユーモラスなものとして見られ、各地でロゴマークやキャラクターなどのモチーフにも利用されている。
卵と稚魚を育児嚢で保護する様から、日本各地では「安産のお守り」として干物を妊婦に持ち歩かせる風習がある[1][2][3]。また毎年の年末年始はその年の干支にあたる動物がメディアで取り上げられるが、辰年の「竜」だけは架空の生物であるため、代わりにタツノオトシゴが取り上げられることがある。
中国ではタカクラタツ、クロウミウマ、オオウミウマなどの大型種の干物が漢方薬として珍重される。近年ではそれらの利用のために各地で大型種が乱獲され、IUCNのレッドリストやワシントン条約の付属書II(輸出入に許可証が必要というレベル)に掲載されるほどとなっている[3][4]。
[編集] 参考文献
- ^ a b c d 蒲原稔治著・岡村収補訂『エコロン自然シリーズ 魚』1966年初版・1996年改訂 保育社 ISBN 4586321091
- ^ a b c d 檜山義夫監修『野外観察図鑑4 魚』1985年初版・1998年改訂版 旺文社 ISBN 4010724242
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 岡村収・尼岡邦夫監修『山渓カラー名鑑 日本の海水魚』(解説 : 渋川浩一)1997年 ISBN 4635090272
- ^ a b c d e f g h i j Family Syngnathidae - Froese, R. and D. Pauly. Editors. 2010.FishBase.World Wide Web electronic publication.www.fishbase.org, version (07/2010).
- ^ 川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編『山渓カラー名鑑 改訂版 日本の淡水魚』(解説 : 瀬能宏)1989年初版・2005年第3版 ISBN 4635090213
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