2012年5月13日日曜日

アスレティックトレーナーの基礎知識 投球障害 (投球傷害 肩 フォーム 痛み リハビリ トレーニング 等)


1 投球動作と投球障害について

投球動作は全身運動であり、身体の重心移動や捻りによって発生するトルクの運動連鎖によって行われます。従って、投球によって発生する肩関節の障害は、肩関節のみに起因するのではなく、全身の各部位に関係していることがほとんどです。

また、肩にスポーツ障害を発生する選手は競技スキルが高い傾向にあります。その理由としては、上肢を効率よくスピーディに用いる野球などのスポーツにおいて、肩はその支点という重大な役割を果たしています。これは、大きなパワーによって運動速度が上がれば上がるほど、その危険性は高くなるといえます。この状態において、わずかな投球フォームの崩れであったとしても、それは大きな肩へのストレスとなって帰ってきてしまいます。

2 投球動作に関した筋と構造の基礎知識

@肩関節に直接関与している筋の位置と名称

 

 

上記した筋は直接肩関節の動作に関与している筋です。これら一つ一つの筋が機能し、協調して肩関節の効率的な運動を行っているのです。また、これらの筋は全体で同じことを行っているわけではなく、各々に役割が存在します。例えば、投球動作においては、インナーマッスル(棘上筋,棘下筋,肩甲下筋,小円筋)が不安定な肩関節の安定性を保ち、アウターマッスルである三角筋や広背筋などが動作を起こします。しかし、これらの協調性が疲労や誤った動作フォームによって崩れ、円滑な機能を果たさなくなったときに痛みとなって現れます。投球傷害の中に、広背筋に起因した肩痛があります。広背筋は体幹と上肢の連動に重要な役割を果たしています。この広背筋に痛みや攣縮が生じると肩甲骨の外転,肩� ��節の外転・外旋が制限されて投球傷害を及ぼします。その他、肩甲骨周囲筋である僧帽筋,肩甲挙筋,菱形筋にも広背筋と同様のことが考えられます。

A肩甲上腕関節の安定性に関与する筋と靭帯

いわゆる肩とは、Shoulder Complex(肩関節複合体)であり、人体最大の可動性を有しています。これらは、各関節の複雑な相互運動連鎖によって、三次元的可動性と安定性が確保されています。ここではその中でも、肩の動作において重要な一端を担う肩甲上腕関節を取り上げます。

●関節上腕靭帯

肩甲上腕関節は前方を上・中・下関節上腕靭帯(SGHLMGHLAIGHL)に、後方を後下関節上腕靭帯(PIGHL)によって補強されています。

A=下垂外旋位       B=45°外転外旋位        C=90°外転外旋位

SGHL:上関節上腕靭帯  MGHL:中関節上腕靭帯  AB:前下関節上腕靭帯  PB:後下関節上腕靭帯

●上腕二頭筋長頭腱(LHB)

 LHBは結節間溝をPullyとして骨頭の上方偏位を抑えるDepressor(下制筋)としての作用があります。また、外転・外旋位での過度の外旋を制御するため、AIGHLにかかる負担を軽減させています。

●棘上筋

SSPは唯一の肩関節安静下垂時の懸垂作用筋で、肩関節の全ての運動開始時には作用し、関節窩に骨頭を固定して運動の支点を作ります。

●棘下筋

肩の外転動作では、SSPが外転初期に作用していきますが、外転角度が進むにつれて短縮する為、その安定性はISPの収縮に引き継がれていきます。

●肩甲下筋

上肢の挙上動作では主に下部繊維が作用し、上部繊維はほとんど筋活動が起こりません。しかし、肩甲下筋の力学的モーメントは53%と腱板のなかでも最大です。

●小円筋

 主に外旋筋として作用します。

 

B肩甲上腕リズム

   

外転0°

 上肢が外転を始めるには、ローテーターカフ筋が上腕骨骨頭を臼蓋に押し付けるように作用し、肩関節の安定性を保ちます。加えて上・下僧帽筋と上・下前鋸筋が連動して、肩甲骨と胸郭安定させる働きを行います。

 

外転30°

肩甲骨の動きはほとんど無く、上部三角筋と棘上筋、ローテーターカフ筋の働きで肩甲上腕関節に30°外転が起きます。上・下僧帽筋と上・下前鋸筋が働いて、肩甲骨の運動を準備する段階です。

 

外転90°


副腎疾患の医師

3090°の外転は、肩甲骨の運動:肩甲上腕関節の運動=1:2の比率で行われます。上・下僧帽筋と上・下前鋸筋による肩甲胸郭関節の外転30°、三角筋とローテーターカフ筋が肩甲上腕関節の外転60°で、合計して90°の肩関節コンプレックスの外転が起こります。肩甲骨の運動は肩甲棘の近位部が回転軸となっています。このとき肩鎖関節での運動はほとんど起こっていません。

外転180°

 90180°の外転は、引き続き1:2の比率で行われます。胸鎖関節における鎖骨の挙上は30°以上は起こらず、代わって鎖骨が後方に軸回転します。この間の肩甲骨の外旋運動は肩鎖関節が回転軸となります。

 

C肩甲平面

 肩関節は両肩を結んだ線よりも3040°前方に傾いています。この位置で挙上や下制動作を行うと、関節包や腱板などに捻じれや歪みを発生させません。この肢位を肩甲平面(@)といい、スキャプラプレーンとも呼ばれております。

 肩甲平面より水平屈曲させた肢位(A)では肩関節内旋位のほうが挙上しやすく、逆に肩甲平面よりも水平屈曲させた肢位(B)では外旋位のほうが挙上しやすくなります。この肩関節における物理的可動域の変化は、肩関節を中心とした運動処方にとても重要な知識となります。

  

 投球や投擲など肩甲平面の隔たりに関係なく、広範囲の可動域を必要とする種目において、その動作は安定した運動軌跡が正確に繰り返されなくてはなりません。しかし、肩甲平面より後方での動作は進化の進んだ人類独特のものであり、さらにはスポーツ活動による非生理的な肩の使用において、これらの危険性が高いのは容易に理解できます。

 

3 投球障害について

 投球障害の原因は投球数やフォーム,アライメントなど、色々なことが考えられます。また、これらの原因も複合的であり、合併した症状を呈することがほとんどです。しかし、そのほとんどに共通して注意しなくてはならない点が、肩関節がcomplex(複合体)であるということです。肩甲骨と上腕,それを包む関節,関節を支える筋,筋が付着している骨という感じで、その連動性に注意する必要があります。とくに肩甲上腕リズムや肩甲平面の機能的な理解は、投球動作の直接的な評価につながります。

@一般的な肩関節周囲炎の分類

 肩関節周囲炎とは、肩関節周囲に存在する軟部組織の損傷が原因となっており、痛みの制動と主徴とする症候群の総称です。その臨床症状は、拘縮を伴わない急性炎症期から凍結肩まで、とても幅広くなっております。また、部位や病態によって下記のようなグループ分けが可能です。

 

1. 烏口突起炎

2. 上腕二頭筋腱炎

3. 肩峰下滑液包炎

4. 肩関節腱板炎

5. 石灰沈着性腱板炎

6. 不安定性肩関節症

7. 疼痛性関節制動症(五十肩)

8. 肩関節拘縮

 

A野球肩

 投球動作での肩関節は生理的な動作を超えたものであり、いくつかの障害を発生させる可能性があります。その症状は様々ですが、大別すると3つに分けることができます。

 

1. 挙上相から加速期に移るとき肩が抜けそうになる,あるいは肩前部の痛み。

2. 加速相末期からフォロースルーで肩後部に痛みを訴えるもの。

3. 発育期で肩関節に痛みを訴えるもの。(リトルリーガーショルダー)

 

リトルリーガーショルダー以外は例外をなくして、全ての選手にあり得ることです。そしてこれらは1と2が合併して発生することが多くあり、そのメカニズムを理解しておく必要があります。投球障害の根幹を理解し、適切な対処ができるようにしてきましょう。(下記参照)

 

Anterior Posterior Instability on Throwing Plane (腱板疎部損傷と棘下筋腱断裂の合併症候群=APIT)

 投球障害で頻繁に起こる病態がAPITであり、loadShift testで陽性の場合、その発生率が高くなります。腱板疎部とは肩甲下筋腱の上縁とそれに隣接する棘上筋腱との間隙部を指します。この部位は薄くて弾性のある組織によって形成されており、烏口上腕靭帯によって補強されています。


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 不適切な投球動作を繰り返していると、この腱板疎部に損傷を来して上腕骨々頭の前方不安定性を引き起こします。すると二次的な連動として棘下筋断裂を誘発させる結果となります。これがAPITであり、投球動作中の肩関節の前後方向不安定性を示す病態です。痛点が2ヵ所に分かれるため、肩の前後面に痛みの訴えがある場合にはこの傷害の可能性があります。

 

4 投球障害の改善指導ポイント

@肩甲上腕リズムの正常化を図る

 肩関節の痛みを訴える選手の肩甲上腕リズムを観察すると、肩甲骨の上方移動や上方回旋が少ないことが分かります。傾向としては、不安定性のある症状やなで肩の選手に多いようです。

 本来ならば上肢の挙上に合わせて肩甲骨は上方移動と上方回旋をバランスよく行い、上腕骨の土台としての機能を果たします。しかし、この肩甲骨のうごきが不十分であると、肩甲上腕関節が正常な可動域を超えて代償しようとします。さらに、その位置での投球や激しい動作によって、正常よりも強いストレスが肩にかかってしまうのです。

●僧帽筋の再教育

 

開始肢位

 

挙上時別アングル

 

伏臥位で上肢は約145°の外転位に置きます。そして床から上肢を持ち上げるようにします。検査者は肩甲棘の下で筋が僧帽筋下部を触診します。これは、様々な外転角度でトレーニングすることで、下部線維から中部線維まで強化することができます。

●小胸筋のストレッチとマッサージ

烏口突起に停止する小胸筋は、肩甲骨の動きに関与しております。小胸筋の短縮は正常な肩甲上腕リズムを乱し、肩痛の原因ともなります。短縮している場合にはストレッチやマッサージで正常化を図ります。

*ケースバイケースのケア

 肩甲上腕リズムを崩す原因は様々であり、肩関節周囲すべての組織が関係しております。また、原因も柔軟性の低下,筋力低下,アライメントの不良,筋バランスの乱れ等、組み合わせによっては無数に原因が考えられます。さらに、投球障害は複合的な作用によって崩す場合があるので、多角的なアプローチが必要となるでしょう。従って等級障害のケアは、肩及び全身を評価し正しい原因の特定がポイントとなるでしょう。

A肩関節周囲の柔軟性の向上 

投球動作では、肩関節水平外転位での過外旋の可動域確保が重要となります。野球界でいうところの「肩を入れる」という動作です。通常の肩関節周囲のストレッチに加えて、下記のようなストレッチも追加すると効果的です。

●水平伸展位での外旋可動域を確保する

 

肩を入れた状態

肩関節水平外転位での過外旋ストレッチ

 投球中の可動域は遠心力が加わって、通常の生理的な可動域を超えたとしても、人体は軟部組織の伸張性を利用して靭帯断裂や脱臼を免れています。正確にいうと、ここまでが生理的な可動域の限界といえます。しかし、投球フォームなどの外的ストレスが高まると、そのクッションの役割を果たしていた軟部組織にも限界が訪れます。肩関節においては、水平伸展の角度が大きくなれば外旋の可動域が低下し、水平伸展を減じると外旋可動域は大きくなります。投球動作で上体を速く開いてしまうと肩にストレスが加わるにはこのためです。また、肘の高さにも注意が必要です。肩関節の外旋角度は、肘が肩の高さよりも上がりすぎたり下がりすぎたりすると減少し、肩と同じぐらいの高さで大きくなります。つまり� ��肘と肩の高さが同じぐらいが水平進展も外旋角度も確保できるポジションなのです。

B腱板の機能正常化

ファーストポジションでのインナーマッスル

(内旋筋=肩甲下筋)トレーニング

  

肘が動かないように肩関節を内旋させてチューブを引っ張ります。チューブの反発力は低強度になるように調節し、力強く引っ張ってアウターマッスルが反応しないように注意してください。最初はトレーナーが内旋筋をタッピングしてあげると選手も意識しやすくなります。

 


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ファーストポジションでのインナーマッスル

(外旋筋=棘下筋,小円筋)トレーニング

  

肘が動かないように肩関節を外旋させてチューブを引っ張ります。チューブの反発力は低強度になるように調節し、力強く引っ張ってアウターマッスルが反応しないように注意してください。最初はトレーナーが外旋筋をタッピングしてあげると選手も意識しやすくなります。

 

インナーマッスル(外転筋=棘上筋)トレーニング

  

肩関節を外旋させ、上腕二頭筋の収縮が入らないようにチューブを引っ張ります。力強く引っ張ってアウターマッスルが反応しないように注意してください。最初はトレーナーが棘上筋をタッピングしてあげると選手も意識しやすくなります。

 

セカンドポジションでのインナーマッスル

(内旋筋=肩甲下筋)トレーニング

  

バランスボールや台を利用し、セカンドポジションで肘が動かないように肩関節を内旋させてチューブを引っ張ります。チューブの反発力は低強度になるように調節し、力強く引っ張ってアウターマッスルが反応しないように注意してください。より投球動作に類似した動作でのインナーマッスルトレーニングです。

 

セカンドポジションでのインナーマッスル

(外旋筋=棘下筋,小円筋)トレーニング

  

バランスボールや台を利用し、セカンドポジションで肘が動かないように肩関節を外旋させてチューブを引っ張ります。チューブの反発力は低強度になるように調節し、力強く引っ張ってアウターマッスルが反応しないように注意してください。より投球動作に類似した動作でのインナーマッスルトレーニングです。

 

Cフォームの改善

 いいフォームや悪いフォームを検証する前に、投球動作での肩関節における力学的ストレスを理解しておきましょう。どのような動作でどちらの方向にどれだけのストレスが加わるか、そしてどのような動作でストレスが強まったり弱まったりするのかを理解していきましょう。

投球一連動作(右投げ)における肩関節のベクトル

●トップ●

 

肘を上げていく面と加速していく面との切り返しポイントであるトップの位置では、ベクトルが体幹のやや前内側方に向かっています。この方向は骨的な補強が無く、靭帯や筋などの軟部組織が受け止めることになります。

 

 

●最大外旋位●

 

手が最も後方にある最大外旋位では、ベクトルが肩甲骨の方向に向かっています。この時点で肘は肩よりも前方にあることによって、大きな外旋位を保つことができます。

 

 

●リリース●

 

ボールのリリース期では体幹の内下方に向き、臼蓋後下方向にベクトルが加わります。

 

 


●悪い投球フォームとは

トップにおいて体が開いた状態では、より大きな力が軟部組織に加わります。負担のメカニズムとしては、体が早く開いたり肘を引きすぎたりすると、肩甲上腕関節が徐々に外旋していく状態において、肩関節の水平伸展が正常な範囲を超えるために肩関節前方への負担が大きくなってしまいます。また、トップではベクトルが唯一軟部組織に向いているため、その支持力が低下する状況なのです。

D投球動作の注意点

最初に補足させていただきますが、冒頭でもご説明した通り投球動作は全身運動です。従って、投球障害に対する注意点や改善策はケースバイケースであり、一概に定義づけることができません。選手によっても体格差,柔軟性や筋力の差もあり、それぞれに投げやすい動作や危険な動作が異なります。このような状況においては投球の大枠を把握して、問題が発生した際には肩甲上腕リズムや全身の柔軟性などの検査をそれぞれ実施し、痛みの原因となる要素を排除する必要があります。

 

ワインドアップ

時期

解説

ワインアップは振りかぶって脚を上げ、位置エネルギーを蓄える動作です。

チェック

ポイント

軸脚に重心がしっかりとのり、真っ直ぐ安定しているかを注意します。

 

コッキング

時期

解説

コッキングはテイクバックから踏み出し足を着地させて、位置エネルギーを並進エネルギーに変換させる動作です。

チェック

ポイント

肘が下がっていないか,上体がこの時点で開いていないかをチェックします。

 

アクセレーション

時期

解説

アクセレーションは投球腕がボールリリースまで加速して、並進エネルギーに回転エネルギーが加わります。

チェック

ポイント

着地位置がインステップすぎるか、あるいは筋力不足で膝が外に開いていないかをチェックします。また、両肩を結んだ線よりも肘が上がりすぎていないかをチェックします。

 

フォロースルー

時期

解説

ボールリリースから投球動作が終わるまでで、肩関節にかかる負担を緩和させる重要な動作です。

チェック

ポイント

振り下ろした腕が急に止まることなく、勢いを流し緩めることができているかをチェックします。また、最後に踏み込み足でしっかり荷重してバランスが片脚で保てているかをチェックします。

 

*モデルの投球者は高校生で、肩関節と肘関節に投球障害を負っておりました。フォームをチェックしたところフットプラントで肘を引きすぎており、コッキングでは身体を速く回しはじめるため、腕が身体よりもかなり遅れてくるという状態でした。さらに投球腕の肘を引きすぎることによって最大外旋位では体幹軸の乱れを引き起こしていました。各フォームの注意点を説明し、投球中の痛みは消失しましたが、体幹の強化や柔軟性の向上など、まだまだ取り組む課題が山積みです。

 

 

 



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